8月にニューヨークを訪れた時に感動した建築のうちの一つが、フランク・ロイド・ライト設計のグッゲンハイム美術館だ。ニューヨークを旅行した友達の殆どがら、良かったということを聞いていた建物なので、ずっと気になっていた。
最寄りの地下鉄から歩いて10分ぐらい、セントラルパークに面した道沿いにグッゲンハイム美術館がある。同じ駅で下りる観光客の中にはニューヨーク最大のメトロポリタン美術館に行く人もいるので、交差点で曲がる方向で観光客の興味の違いがわかり、ちょっと面白い。
入場するまでに、30-40分ぐらい並んでやっと入ることができた。中にも人がかなりいる。特徴的なのが、すり鉢状の螺旋スロープでできた空間だ。鑑賞の順路としては、一旦エレベーターで最上階まで上がり、螺旋状のスロープをゆっくり降りながら、展示を順々に鑑賞していくものだ。
面白いのが、螺旋に切れ目が全くないことである。今の日本の法律では、スロープには一定の距離ごとに水平なエリアを設けなければいけない。グッゲンハイム美術館が建設されたのは1949年で、アメリカでもその時期にしか実現できなかったのかもしれない。
実際にその空間に行って感動したのが、建築の空間と、構造と、美術の鑑賞体験が見事なまでに融合されていることだ。スラブと屋根を支える壁柱が螺旋スロープの外側に配されているのだが、それが展示用の小部屋を形づくっている。それと同時に開放的な無柱のアトリウムをスロープの中心に実現することで、鑑賞体験の透明性を担保している。
透明性とは何か。普通の美術館だと、四角い箱の中に迷路のように間仕切り壁を配し、その中をめぐる形になる。その場合、今自分がどこにいるのか、見逃した展示がないかなどが気になってしまい、美術の鑑賞への集中を妨げることがある。グッゲンハイム美術館の場合は、基本的に通路は一つしかないしどの位置に自分がいるかも常に把握することができるので、ストレスなしに展示品に向き合うことができる。
もちろん、透明な鑑賞体験がベストだと言うつもりはない。ただ、極めて特殊な展示空間をデザインしながら、鑑賞体験の普遍的な価値まで提案している事例は、世界でも数が少ないだろう。今までも、多くの建築家がグッゲンハイム美術館のようなものをデザインすることを夢見ながら、チャンスに恵まれずに「普通の」鑑賞体験を提供してきたのだと思う。とは言え、こんな記事を書いていること自体が、自分の鑑賞体験が大いに妨げられた証拠ではあるが笑
売店にいくと、グッゲンハイム美術館の建物そのものをモチーフにしたグッズがかなり多いことに驚く。現地の人や観光客に愛され、鮮烈な印象を与えているからこそだろう。一方で谷口吉生が設計したMoMAには、美術館自体のグッズは数えるほどしかない。
グッゲンハイム美術館のカフェには、当時の建設の様子を示す写真が展示されていた。螺旋状のスロープの施工中の写真はカオスのようにしか見えないし、その工事は困難を極めただろう。ただ、当時の職人たちがプライドを持って仕事をしているのが良く分かる。作った人や使う人に愛されている、強くて普遍的なビジョンのある空間の中にいるのが、ただただ気持ちよかった。
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