日本の現代建築史上のパーフェクトヒューマン -槇文彦-

大げさなタイトルをつけてしまったが、日本人で2人目のプリツカー賞の受賞者となった建築家・槇文彦ほどバランスのとれたパーフェクトヒューマンはいないと思う。

そう思ったのも、セン・クアンの教える日本の現代建築史の授業の2回目のレポートで、槇文彦が1964年にニューオリンズのワシントン大学に所属していた時にパブリッシュした"Collective Form"の理論を取り上げることになったからだ。この論文は、丹下健三門下生のグループによってメタボリズムの思想が1960出版された時に、槇文彦と大高正人が担当したセクションを元にしたものである。

槇文彦は"Collective Form"の中には"Compositional Form"と"Mega-Structure"と"Group-Form"の3種類があると定義し、それらを使い分けることで、都市の変化に対する"Master-Form"(Master Planではない)を構想すべきだとしている。

槇文彦の興味は"Group-Form"に集中しており、メタボリズムの提案で一番有名な"Mega-Structure"の有用性は認めつつも、"Group-Form"の都市の特徴として、その地域で調達可能な材料・構法で作られていること、その土地本来の地形に適応しながら一定の建築言語が繰り返されていることなどを挙げている。

この論文のみを対象にしてその"正しさ"や有効性を議論するのは不可能だが、槇文彦が1969年から1998年の30年間にわたって取り組んだ代官山ヒルサイドテラスのプロジェクトを見れば、当時の論文で得ていた着想を彼が長い時間をかけて発展させて来たことがわかる。

1980年に槇文彦がまとめた「奥の思想」においては、日本における"Group-Form"のあり方について理論化したものだ。都市形態というものは、そこの共同体が長年醸成させた一貫した思想のようなもので成り立っていると主張し、日本においては意味や役割の違う空間を重奏させることにより、狭い敷地の中に奥行きを作り出す手法が見られると分析した。

そして、この「奥」があるような空間デザインを代官山ヒルサイドテラスにて実行している。30年かけて築いたプロジェクトなので、意匠も材料もその時代の要請に合わせて変化をしているが、その「奥」を表現するための屋内外のボイド操作は一貫しているため、なんとなく調和の取れた街並みが出来上がっている。この開発のおかげで、代官山の街の魅力が増し、現在も高い人気を博しているのは、この槇文彦の力によることは疑いようがない。

"Collective Form"の論文では"Group-Form"はそこにある建築技術に影響されることを述べているが、この建築の技術・ディテールにまつわる興味にもものすごいところがある。その土地で可能な建築技術・ディテールを極限に洗練された方法で適用することによって、ハイレベルな建築を実現させる力は他の建築家とは一線を画していて、MITメディア・ラボのビルなどはアメリカにあるとは思えないほどのレベルの高さだ。

自分の理論を長い時間かけて実践し、本当に長年愛される街並みを作る力、一方で建築技術・ディテールを追求して建築そのものの作品の質を高める力、そしてアカデミアへの貢献の度合いは、パーフェクトヒューマンとしか表現できないような所業だ。建築から都市のスケールまで、学術的なことから実作まで高いレベルを保ち続ける能力は比類なきものだ。

このような日本人のGSD出身の先輩がいることを誇りに思うし、目標としたい。

GSD World - ハーバード大学建築・都市デザイン留学記

建築と都市デザインをハーバード大学デザイン大学院(GSD)で勉強する川島宏起のブログです。

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